たかがヤマト、されどヤマト

2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (3) 内子町    2017.11.13 (記)

2017.11.1
JA松山駅発9時03分発の特急に乗り、愛媛県の内子町に行く。朝食は8時からのところを7時45分にしてもらい、市電に乗ってみたかったが間に合わないのでタクシー。JR松山駅は昔の建物のままでなかなか良かった。
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内子駅は旧市内と少し離れており、少し歩く。商店街を少し行くと有名な内子座がある(重文)。1916年(大正5年)創設。歴史を感じさせる建物だ。
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その内部を見学できる。舞台にも上ることができ、舞台裏の奈落の底まで自由に入ることができる。この日は使われていなかったが、稼働率は思ったより高く60日は劇場として使用されている。年に何度か東京の歌舞伎スターもやって来るとのこと。二階席から見た舞台。距離が近いのでパノラマ合成は無理。
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まだ朝早いせいか閑散とした商店街を進むと昔の建物がところどころに現れ、生きのいい魚を準備中の魚屋屋の角を曲がると、古きよき時代の街並が続いていた。和蝋燭を作っている工房もある。当然手作り(5コマ目)。
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何やら得体の知れない建物があり、近づくと劇場のようだった。後で調べると旭館という映画館。1926年(大正15年)開設。
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シーズンが違うのか、もう観光地としてピークを過ぎたのか人影はほとんどない。しばらくして忽然と全く雰囲気の異なる建物が姿を現した。「大村家住宅」と「本芳我(ほんほがけ)家住宅」。いずれも重文。この重厚な造りはなかなかのもの。いかにもと言った感じ。
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本芳我家住宅の庭は公開されており、縦構図で3枚撮り、パノラマ合成してみた。繋ぎ目に破綻箇所があり、やはり近距離では合成は無理なようだ。(破綻箇所はどこでしょうか)
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さらに進むと、木蝋資料館となっている「上芳我家邸」と、ギャラリーの「中芳我家邸」が隣り合っていた。これもまた、昔の栄華を物語る建物だった。
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木蝋資料館とあって、内部を見学できる。内子は明治から大正期にかけて木蝋生産の最盛期を迎えた。当時、日本の木蝋の生産量の3割以上を占め、上芳我家が芳我家の筆頭分家で(本家は本芳我家)、住宅兼工場がそのまま残されている。1階の座敷、炊事場、風呂場(もちろん五右衛門風呂)、厠、その隣に出産部屋があったのはちょっと意外。2階はがらんとした大広間だったが、建物を支える梁が見事だった。木蝋は、ハゼノキの実を粉にし蒸して絞って作る。工程のネックとなる絞り機を改良したのが上芳我とのことで、中庭に面した作業所にそれが残され、その横に1本だけ実をつけたハゼノキがあった。木蝋は、和蝋燭、びんつけ油、口紅、クレヨン、光沢剤などに使われ、輸出もしていたが、大正期にパラフィンや電気の普及により需要が全滅。大正13年にすべての製蝋業者が廃業したとのこと。芳我家の家紋はカタバミ。繁殖力が強いので子孫繁栄の象徴として、武士階級でよく使われていたらしい。
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中庭から見た母屋。左は作業場になっている。
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芳我家の家紋はカタバミと知り、何が何でも撮らなくてはと探した。しかし、芳我家に庭や近くにはカタバミなどはなく、まるで違う空地でやっと撮影した。
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内子町はもっと古い街並みが残されているかと思ったけれど、ちょっと期待はずれ。昼食は、水曜定休ばかりで、曲り角の魚屋の経営する食堂に入ったところ当たりだった。朝、来る時、我芳家のことはよく知らずにあっさり撮った商店街にあった観光臭のする大げさな蕎麦屋は、よく見たら「下芳我家」。敬意を表し改めて撮っておく。
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内子町を予定より早めに切り上げて、JRで松山に戻り、特急を乗り換えて香川県多度津町に行く。多度津は、江戸時代より北前船の寄港地として栄え、金刀比羅宮へと続くこんぴら街道の玄関口として賑わったという。今も古い街並みが残っているらしい。
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駅前広場の角にポツンとたたずむビジホにチェックインを済ませ、街を探索する。というより、駅前には食べる所もなくコンビニもないので食べ物探し。夕方の淋しい裏通りを抜け港の方に行く。やっとお目当ての店を見つけると、港は夕焼けの気配。
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造船所が見える場所まで行ってみる。クレーンの向こうが焼け始めた。
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桟橋の左にもクレーンがあった。切り取った風景もいいけれど、ワイドな風景もいい。パノラマ合成してみた。
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夕食を港の中の居酒屋(刺身とカキフライが安くてとてもうまい)で食べている時、近くにうどん屋の看板があったことを思い出し、行ってみたが2店とも水曜は休店。ただ1店だけあったコンビニで食糧その他を買い、暗い夜道をとぼとぼとホテルに帰る。


(しまなみ海道(4)に続きます)




# by otto-N | 2017-11-13 19:49 | Comments(0)

2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (2) しまなみ海道    2017.11.10 (記)

2017.10.31
しまなみ海道を「路線バスの旅」で四国へ抜ける。今治へ一気にバスで行くことができるけれど、瀬戸内海に架かっている橋の1つぐらいは歩いて渡りたい。そのために、ネットで懸命にバス時刻表を調べ、以下の予定となった(調べたのは私ではなく妻です)。
        尾道駅(9:00)尾道バス→向島BS(9:21) 
        向島BS(9:40)しまなみバス→瀬戸田PA(9:57)
           多々羅大橋を徒歩、50分
        大三島BS(11:15)瀬戸内交通→亀山(11:39)
           よしうみ急流船出航(12:30)、50分
        亀山(14:04)瀬戸内交通→松山市駅(15:49)→道後温泉

バスを1本乗り遅れると本数がないので、道後温泉に行きつくことが難しくなる。さて、朝起きてみると部屋は東向き、窓ガラスにレンズをつけ造船所を逆光で撮ってみる。駅に向かう途中、まだこんなポストがあり思わず撮る。千光寺公園にある城は博物館として建てられたもので今は廃墟らしい。バス停の待っていた客は我々を入れて3人。最初の橋は向島との間の「尾道大橋」。はるか沖合には無数の小舟が浮かんでいた。

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最初のバスでは、運転手に向島BSより1つ先の因島大橋で下車したほうがいいと教えてもらい因島大橋を見に行くが、時間が足りず橋のたもとまで行ってすぐ引き返えさざるをえなかった。
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因島大橋から次のバスに乗り生口島南で下車する。1つ前の瀬戸田PAで下車する予定だったが、これも最初の運転手さんに教えてもらった。瀬戸田PAから橋までは相当の距離があり、生口島南でないと大変なところだった。多々羅大橋は全長1480m、2本の柱に支えられている。それにしても、風もなく雲1つない靑空だった。しまなみ海道はサイクリストとの聖地とのこと。しかし、サイクリストより、ウオーキングしている人の多いのが意外だった。天気がいいからなぁ。ほんと、風もなく歩いていて気持ちが良かった。
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大きな支柱の下に「多々羅鳴き龍」の案内板。手を叩くと拍手が残響音として帰ってくる。通行する車で音が聞こえないのでは?でも、橋を通るクルマは少ないのでご心配なく。上を見上げて何枚か撮る。一瞬、目が回る。
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歩き始めてちょうど30分、県境に出た。海の上の県境。
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そこからの瀬戸内海。波1つない。左が今来た生口島(広島県)、右がこれから行く大三島(香川県)。180°の絶景かな(?)。
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やっと船が一隻、眼下を通る。波がいつまでもどこまでも広がっている。この風景、どこかで見たと思ったらエーゲ海だった。
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制限時間は1時間。あまりのんびり歩いてはいられない。バス停が道の駅にあるとは思うのだが位置が不明。案の定、多々羅大橋を渡り終えても下に降りるループ道路がやたらと長い。ループの途中で数頭のヤマトシジミが飛び回っていた。日射がきついせいか翅は少ししか開かないが、急いで撮る。やっと道の駅にたどり着きバス停の位置を訪ねたら、まだ少し先だった。もっと海に寄って橋の写真を撮りたかったが、時間がなく1枚だけ。バス停には地元の方が一人。車窓から風景を色々説明していただいた。橋の上から見えた小さな島は 村上水軍の拠点の島の1つとのこと。海流を熟知していないと近づくこともできなかったとのこと。バスは、高速道の橋を渡ると島の一般道に下り、また高速道の橋を渡ることを繰り返していた。伯方島を過ぎ、大島バス停で下車。激流船の出る道の駅は、この先のゆるい坂を登り下った所にあるはず。来島海峡大橋が見えてきてホッとする。
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来島海峡大橋。道の駅からのパノラマ合成。のどかな場所だ。
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昼食後、「急流船」に乗る。急流?最初は意味が判らなかった。どうやら、島と島との間に潮の満ち干の度に渦を巻いたり、川の流れるように波が立つ場所があるらしい。この日は、あいにく潮が緩く急流とはならなかったが、たしかに可愛いらしい渦が見られた。この場所では船のエンジンを止め、流れに身を任せる。
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対岸は今治。造船所のクレーンは高層ビル建設のクレーンのようだ。巨大な船のすぐ近くまで寄ってくれる。喫水線の下も丸見えグラマラス。
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村上水軍の砦があった島の説明が多かったけれど、連続テレビドラマの舞台だった場所にもほとんど興味はなく、ただただ船の中からの風景を見ているのが楽しかった。橋のはるか彼方に山影を見つけた。四国の山だ。方向からすると石鎚山(標高1982m)山系らしい。
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橋の上を走る3台の車。手前の陸地に見える塔は水路のコントロールタワー(来島海峡海上交通センター)。先日、テレビで放送していた。
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疾走する船から2本の支柱を1画面に入れるのがむずかしく、パノラマ合成狙いでやってみた。1回だけうまくいった。
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来島海峡大橋の全長は4105m。青い海と空と白い橋梁。走る船からシャッターを切り続けた。
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急流ではなかったけれど、「急流船」の50分はとても楽しかった。船着き場に上がり20分歩き、バス停に戻り松山行きのバスに乗る。今度は来島海峡大橋からの瀬戸内海の眺めだったが、何も面白くはない。ただの高速道路。橋を下りてからは今治の一般道に入ったが、市街地を抜けると海岸沿いではなく山路にはいった。バス停の案内を聞いているうち、「道後温泉はこちらが便利です」というアナウンスがあり、松山駅まで行く必要のないことが判った。ラッキーと思って、そのバス停で下りると宿泊予定の旅館はその前。すぐ荷物(ザック2個)を預け、「本館」見物に出かける。もう老朽化して危険なので、近々改築するか立て直すかするはずなので、その前にここの温泉に入っておきたかった。
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建っている場所はビルの谷間、陰陽がきつくてうまく撮れなかった。それに18ミリで入らないほど建物が大きい。温泉に入るのは夕食後として、近くをぶらつくが目ぼしいものはなかった。本館がピカピカになったら風情はなくなるし、今後どうなるのだろう。
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夕食後、本館に行き温泉に入る。歴史を感じさせる石造りの大きな湯船、ちゃんとシャワーもあり(ないと思っていた)、意外にも熱くはない湯温。観光客よりも近所の人が多く、大きな銭湯といった風情。妻は一度来たことがあり、もう一度ゆっくり来てみたいと言っていたのも無理はない。さて、道後で泊ったのは、7部屋しかないこじんまりした「谷屋」。お値打ちの宿でした。


(しまなみ海道(3)に続きます)




# by otto-N | 2017-11-10 20:44 | Comments(0)