たかがヤマト、されどヤマト

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2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (4) 多度津町   2107.11.15 (記)

2017.11.2
この日も朝から晴れ。まず、9時の開館に合わせて多度津町資料館に行く。妻の曽祖父は明治時代に多度津から北海道・十勝にやってきたとのことで、ルーツである多度津に一度来てみたかったのがこの旅行の核心。移住時の資料があるかもしれないということで、ここの訪問となった。多度津から北海道への移住時の資料をまとめた本があったけれど、残念ながら、明治20年初めの移住開始直後の記載しかなく、これより遅く移住した妻の曽祖父のことは記載がなかった。気を取り直して、古い建物が混在する多度津の街歩きをする。

古い建物といっても数はそれほど多くはない。道がわかりにくかったが、何とかガイドマップにしたがって歩く。
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人も車もあまり通らない旧市街にあたる場所。なまこ壁の家が所々にあり、古いことは古いがあまりピンとこない。
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やはり豪邸というのが残されていたが、物語りがないので印象が薄い。
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街の中にあるうどん屋は1軒しかなかった。味は外れ。前夜見つけたうどん屋は遠いので行く気がしなかった。他に見どころらしいものもないので、街を一望できる桃陵公園という小山に登る。「一太郎やぁい」という銅像があった。港には「一太郎やぁい」と変な名前の食堂があった。帰ってから調べたら、このへんでは「一太郎やぁい」は有名らしい。
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予定を早めに切り上げ、JRで岡山へ向かう。瀬戸大橋にかかる前のカーブで橋を撮れそうだったので急いでカメラをザックから取り出した。橋の上から遠くに混み合った船が見えたので高速連写したら、橋梁の柱が写っていない1枚があった。岡山では時間がたっぷりありすぎ。岡山からは新幹線ではなく飛行機で帰った。飛行場で、やっと少しはうどんらしいうどんにありつき、ちょっと安かったシャインマスカットとピオーネを買う。
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by otto-N | 2017-11-15 16:51 | Comments(0)

2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (3) 内子町    2017.11.13 (記)

2017.11.1
JA松山駅発9時03分発の特急に乗り、愛媛県の内子町に行く。朝食は8時からのところを7時45分にしてもらい、市電に乗ってみたかったが間に合わないのでタクシー。JR松山駅は昔の建物のままでなかなか良かった。
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内子駅は旧市内と少し離れており、少し歩く。商店街を少し行くと有名な内子座がある(重文)。1916年(大正5年)創設。歴史を感じさせる建物だ。
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その内部を見学できる。舞台にも上ることができ、舞台裏の奈落の底まで自由に入ることができる。この日は使われていなかったが、稼働率は思ったより高く60日は劇場として使用されている。年に何度か東京の歌舞伎スターもやって来るとのこと。二階席から見た舞台。距離が近いのでパノラマ合成は無理。
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まだ朝早いせいか閑散とした商店街を進むと昔の建物がところどころに現れ、生きのいい魚を準備中の魚屋屋の角を曲がると、古きよき時代の街並が続いていた。和蝋燭を作っている工房もある。当然手作り(5コマ目)。
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何やら得体の知れない建物があり、近づくと劇場のようだった。後で調べると旭館という映画館。1926年(大正15年)開設。
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シーズンが違うのか、もう観光地としてピークを過ぎたのか人影はほとんどない。しばらくして忽然と全く雰囲気の異なる建物が姿を現した。「大村家住宅」と「本芳我(ほんほがけ)家住宅」。いずれも重文。この重厚な造りはなかなかのもの。いかにもと言った感じ。
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本芳我家住宅の庭は公開されており、縦構図で3枚撮り、パノラマ合成してみた。繋ぎ目に破綻箇所があり、やはり近距離では合成は無理なようだ。(破綻箇所はどこでしょうか)
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さらに進むと、木蝋資料館となっている「上芳我家邸」と、ギャラリーの「中芳我家邸」が隣り合っていた。これもまた、昔の栄華を物語る建物だった。
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木蝋資料館とあって、内部を見学できる。内子は明治から大正期にかけて木蝋生産の最盛期を迎えた。当時、日本の木蝋の生産量の3割以上を占め、上芳我家が芳我家の筆頭分家で(本家は本芳我家)、住宅兼工場がそのまま残されている。1階の座敷、炊事場、風呂場(もちろん五右衛門風呂)、厠、その隣に出産部屋があったのはちょっと意外。2階はがらんとした大広間だったが、建物を支える梁が見事だった。木蝋は、ハゼノキの実を粉にし蒸して絞って作る。工程のネックとなる絞り機を改良したのが上芳我とのことで、中庭に面した作業所にそれが残され、その横に1本だけ実をつけたハゼノキがあった。木蝋は、和蝋燭、びんつけ油、口紅、クレヨン、光沢剤などに使われ、輸出もしていたが、大正期にパラフィンや電気の普及により需要が全滅。大正13年にすべての製蝋業者が廃業したとのこと。芳我家の家紋はカタバミ。繁殖力が強いので子孫繁栄の象徴として、武士階級でよく使われていたらしい。
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中庭から見た母屋。左は作業場になっている。
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芳我家の家紋はカタバミと知り、何が何でも撮らなくてはと探した。しかし、芳我家に庭や近くにはカタバミなどはなく、まるで違う空地でやっと撮影した。
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内子町はもっと古い街並みが残されているかと思ったけれど、ちょっと期待はずれ。昼食は、水曜定休ばかりで、曲り角の魚屋の経営する食堂に入ったところ当たりだった。朝、来る時、我芳家のことはよく知らずにあっさり撮った商店街にあった観光臭のする大げさな蕎麦屋は、よく見たら「下芳我家」。敬意を表し改めて撮っておく。
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内子町を予定より早めに切り上げて、JRで松山に戻り、特急を乗り換えて香川県多度津町に行く。多度津は、江戸時代より北前船の寄港地として栄え、金刀比羅宮へと続くこんぴら街道の玄関口として賑わったという。今も古い街並みが残っているらしい。
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駅前広場の角にポツンとたたずむビジホにチェックインを済ませ、街を探索する。というより、駅前には食べる所もなくコンビニもないので食べ物探し。夕方の淋しい裏通りを抜け港の方に行く。やっとお目当ての店を見つけると、港は夕焼けの気配。
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造船所が見える場所まで行ってみる。クレーンの向こうが焼け始めた。
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桟橋の左にもクレーンがあった。切り取った風景もいいけれど、ワイドな風景もいい。パノラマ合成してみた。
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夕食を港の中の居酒屋(刺身とカキフライが安くてとてもうまい)で食べている時、近くにうどん屋の看板があったことを思い出し、行ってみたが2店とも水曜は休店。ただ1店だけあったコンビニで食糧その他を買い、暗い夜道をとぼとぼとホテルに帰る。


(しまなみ海道(4)に続きます)




by otto-N | 2017-11-13 19:49 | Comments(0)

2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (2) しまなみ海道    2017.11.10 (記)

2017.10.31
しまなみ海道を「路線バスの旅」で四国へ抜ける。今治へ一気にバスで行くことができるけれど、瀬戸内海に架かっている橋の1つぐらいは歩いて渡りたい。そのために、ネットで懸命にバス時刻表を調べ、以下の予定となった(調べたのは私ではなく妻です)。
        尾道駅(9:00)尾道バス→向島BS(9:21) 
        向島BS(9:40)しまなみバス→瀬戸田PA(9:57)
           多々羅大橋を徒歩、50分
        大三島BS(11:15)瀬戸内交通→亀山(11:39)
           よしうみ急流船出航(12:30)、50分
        亀山(14:04)瀬戸内交通→松山市駅(15:49)→道後温泉

バスを1本乗り遅れると本数がないので、道後温泉に行きつくことが難しくなる。さて、朝起きてみると部屋は東向き、窓ガラスにレンズをつけ造船所を逆光で撮ってみる。駅に向かう途中、まだこんなポストがあり思わず撮る。千光寺公園にある城は博物館として建てられたもので今は廃墟らしい。バス停の待っていた客は我々を入れて3人。最初の橋は向島との間の「尾道大橋」。はるか沖合には無数の小舟が浮かんでいた。

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最初のバスでは、運転手に向島BSより1つ先の因島大橋で下車したほうがいいと教えてもらい因島大橋を見に行くが、時間が足りず橋のたもとまで行ってすぐ引き返えさざるをえなかった。
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因島大橋から次のバスに乗り生口島南で下車する。1つ前の瀬戸田PAで下車する予定だったが、これも最初の運転手さんに教えてもらった。瀬戸田PAから橋までは相当の距離があり、生口島南でないと大変なところだった。多々羅大橋は全長1480m、2本の柱に支えられている。それにしても、風もなく雲1つない靑空だった。しまなみ海道はサイクリストとの聖地とのこと。しかし、サイクリストより、ウオーキングしている人の多いのが意外だった。天気がいいからなぁ。ほんと、風もなく歩いていて気持ちが良かった。
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大きな支柱の下に「多々羅鳴き龍」の案内板。手を叩くと拍手が残響音として帰ってくる。通行する車で音が聞こえないのでは?でも、橋を通るクルマは少ないのでご心配なく。上を見上げて何枚か撮る。一瞬、目が回る。
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歩き始めてちょうど30分、県境に出た。海の上の県境。
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そこからの瀬戸内海。波1つない。左が今来た生口島(広島県)、右がこれから行く大三島(香川県)。180°の絶景かな(?)。
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やっと船が一隻、眼下を通る。波がいつまでもどこまでも広がっている。この風景、どこかで見たと思ったらエーゲ海だった。
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制限時間は1時間。あまりのんびり歩いてはいられない。バス停が道の駅にあるとは思うのだが位置が不明。案の定、多々羅大橋を渡り終えても下に降りるループ道路がやたらと長い。ループの途中で数頭のヤマトシジミが飛び回っていた。日射がきついせいか翅は少ししか開かないが、急いで撮る。やっと道の駅にたどり着きバス停の位置を訪ねたら、まだ少し先だった。もっと海に寄って橋の写真を撮りたかったが、時間がなく1枚だけ。バス停には地元の方が一人。車窓から風景を色々説明していただいた。橋の上から見えた小さな島は 村上水軍の拠点の島の1つとのこと。海流を熟知していないと近づくこともできなかったとのこと。バスは、高速道の橋を渡ると島の一般道に下り、また高速道の橋を渡ることを繰り返していた。伯方島を過ぎ、大島バス停で下車。激流船の出る道の駅は、この先のゆるい坂を登り下った所にあるはず。来島海峡大橋が見えてきてホッとする。
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来島海峡大橋。道の駅からのパノラマ合成。のどかな場所だ。
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昼食後、「急流船」に乗る。急流?最初は意味が判らなかった。どうやら、島と島との間に潮の満ち干の度に渦を巻いたり、川の流れるように波が立つ場所があるらしい。この日は、あいにく潮が緩く急流とはならなかったが、たしかに可愛いらしい渦が見られた。この場所では船のエンジンを止め、流れに身を任せる。
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対岸は今治。造船所のクレーンは高層ビル建設のクレーンのようだ。巨大な船のすぐ近くまで寄ってくれる。喫水線の下も丸見えグラマラス。
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村上水軍の砦があった島の説明が多かったけれど、連続テレビドラマの舞台だった場所にもほとんど興味はなく、ただただ船の中からの風景を見ているのが楽しかった。橋のはるか彼方に山影を見つけた。四国の山だ。方向からすると石鎚山(標高1982m)山系らしい。
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橋の上を走る3台の車。手前の陸地に見える塔は水路のコントロールタワー(来島海峡海上交通センター)。先日、テレビで放送していた。
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疾走する船から2本の支柱を1画面に入れるのがむずかしく、パノラマ合成狙いでやってみた。1回だけうまくいった。
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来島海峡大橋の全長は4105m。青い海と空と白い橋梁。走る船からシャッターを切り続けた。
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急流ではなかったけれど、「急流船」の50分はとても楽しかった。船着き場に上がり20分歩き、バス停に戻り松山行きのバスに乗る。今度は来島海峡大橋からの瀬戸内海の眺めだったが、何も面白くはない。ただの高速道路。橋を下りてからは今治の一般道に入ったが、市街地を抜けると海岸沿いではなく山路にはいった。バス停の案内を聞いているうち、「道後温泉はこちらが便利です」というアナウンスがあり、松山駅まで行く必要のないことが判った。ラッキーと思って、そのバス停で下りると宿泊予定の旅館はその前。すぐ荷物(ザック2個)を預け、「本館」見物に出かける。もう老朽化して危険なので、近々改築するか立て直すかするはずなので、その前にここの温泉に入っておきたかった。
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建っている場所はビルの谷間、陰陽がきつくてうまく撮れなかった。それに18ミリで入らないほど建物が大きい。温泉に入るのは夕食後として、近くをぶらつくが目ぼしいものはなかった。本館がピカピカになったら風情はなくなるし、今後どうなるのだろう。
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夕食後、本館に行き温泉に入る。歴史を感じさせる石造りの大きな湯船、ちゃんとシャワーもあり(ないと思っていた)、意外にも熱くはない湯温。観光客よりも近所の人が多く、大きな銭湯といった風情。妻は一度来たことがあり、もう一度ゆっくり来てみたいと言っていたのも無理はない。さて、道後で泊ったのは、7部屋しかないこじんまりした「谷屋」。お値打ちの宿でした。


(しまなみ海道(3)に続きます)




by otto-N | 2017-11-10 20:44 | Comments(0)

2017.10.30-11.2 しまなみ海道 (1) 尾道   2017.11.7 (記)

2017.10.30-11.2
新幹線で福山に、そこから在来線で尾道。しまなみ海道は路線バスを乗り継ぎ(一部徒歩のため)愛媛の今治へ抜け、そのまま山中の道を通ると道後温泉。翌日は古い街並みで有名な内子に寄ってから多度津に移動。翌日、松山から岡山へJR、岡山からはJALで帰京した。

2017.10.30
尾道に着いたのは昼ころ。駅前の歩道橋からの眺め。左の山にお城のようなものが見え、目の前には瀬戸内海が迫る。空には雲が多く、気温も低かった。(画像はすべてクリックする大きくなります)
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荷物をホテルに預け、とりあえず駅の裏山(=千光寺公園)に登ってみる。細い路地をあてずっぽうに、上へ上へと歩く。お寺の境内にはツワブキが咲いていた。イチモンジセセリとキタテハ。ツワブキはいつもながら、色がきれいには出ない。空地ではヤマトシジミが飛び回っていた。
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何も調べて来なかったので千光寺がこれほど有名とは知らず。それに尾道自体が林芙美子の放浪記で有名ということも知らなかった。境内を抜けると尾道が一望できる場所に出た。
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山頂には展望台があり、観光客でそこそこ賑わっていた。ほとんどロープウェイで登って来ているようだった。展望台のある広場にテリ張りしていたアカタテハ。着いた時には、何頭かバトルしていたのだが、展望台から下りてみるとこの1頭しかいなかった。
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春は桜が見事と思われる公園内を散策した後、やたらに句碑が多い道を下ると、小さな広場に猫が集まっていた。かわいい子猫もいたが塀の外にはついに出て来なかった。角を曲がると猫の小路という看板もあり尾道の猫は有名らしい。古い三重塔があり天寧寺とあった。狭い路地を通りロープウエイ乗り場の横を抜け、「古寺めぐりコース」の案内標識のままに石畳の路地を歩くが、あまり興味がないし数が多く切りがないので赤い派手な三重塔まで行くことにした。坂を登りたどり着いてみると、境内が広大ではあるけれど人影はほとんどない。西国寺。派手な割には荒れた感じのする寺だった。
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西国寺の石畳を下りJRの線路を抜けると、昔懐かしい景色が続く。至るところに尾道ラーメンが目についたが、中途半端に食べると夕食が入らなくなるので断念した。
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目的もない街歩きはいつも楽しい。寂びれた風景だが、新しい街だとしたら何も面白くはない。我が故郷「雪明りの路」の街から「雪あかりの街」となり今は観光地になってしまったが、少し外れると似たような感じだ。
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道路1本を挟んでの瀬戸内海。対岸は向島らしい。翌日、向島をバスで通り抜けたら、尾道の市街地としてはこの島のほうが大きいと感じた。
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再び街に戻るとアーケード街が続いていた。シャッターが閉まり淋しかったが駅のほうに進むと少し賑やかになる。ベッチャー祭りってどんなんだろう。銭湯は喫茶店風になっていたり、昔の店ってこんなに意匠に富んでいたのかと思うと、どこの街でもそうなんだろうが、とても面白い。時々、変な形の船が通るが、何の船か夕刻になってやっとわかった。対岸を往復する小型フェリー(というより渡し船)だった。ピストンで通学の自転車も通勤のクルマも丸ごと運んでいた。
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海岸の通りからホテルに戻る。もう少しで夕日。
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ホテルに着くとすでに日が沈んでいた。残念ながら空は焼けなかった。
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造船所の上に半月が浮かぶ。
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この日は月曜日。飲食店は定休日が多く目的の店も定休日。良さそうな店に入ったが外れた。しかし、関西のアナゴとカキの天麩羅、その他の魚料理について店主から色々教わった。関西ではアナゴは蒸すのではなく焼いてからたれをつける(ちょっと焦げ臭い)。カキも天麩羅よりフライがいいかなぁ。ホテルに戻ってみると、窓から見える造船所はライトアップされている風。暇つぶしに撮ってみた。(手振れするので何回シャッターを切ったことか)
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(しまなみ海道(2)に続きます)


by otto-N | 2017-11-07 16:50 | Comments(0)

2015.11.30-12.3 京都・紅葉 東福寺   2015.12.16 (記)

2015.12.3
夜中、雨の音に起こされ、雨だとこのまま東京に戻るつもりでいたけれど、朝には雨があがっていた。この温泉は、近くに新しい温泉が出てから衰退したようだ。温泉としては、「こんこん」どころか「どばどば」と湧き出る源泉掛け流し。申し分ないのだが、宿を一歩出たらこんな風景。夕日ヶ浦はかなり遠かった。京都へ向かうタンゴ鉄道の電車に乗ったら、びっくり。中はオール木造。
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このまま晴れるかと思ったら、京都に着いても曇り空のままだった。せっかくだから、東福寺に向かう。数年前の11月に来たことがあるが、紅葉にはまだ少し早かった。4日前、宇治に行く途中、東福寺駅は人であふれたいたが、この日はガラガラ。もう、紅葉は終わったのかなぁと思いながら、通天橋に入ってみると、わおっ、素晴らしい紅葉が拡がっていた。
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桜ならわかるけれど、紅葉。
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通天橋を渡り上に行ってみると、見事な苔と市松模様の石庭。
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通天橋の下に向かう。
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それほど大きな木はなく、こまめに植え替えしてきたのだろうか。とにかく、すごい。
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一時、青空が見えたが、ほとんど曇り空。でも、この明るさのほうが赤がしっとりするようだ。人があまり写り込まないように、ただただ撮り続けた。
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この日は、曇っていたせいか人は少なかったのだが、30日は1時間半待ちだったとのこと。でも、その価値はある。

by otto-N | 2015-12-16 18:08 | Comments(0)

2015.11.30-12.3 京都・紅葉(3) 天橋立   2015.12.15 (記)

2015.12.2
日本海側に抜ける。目的はカニ。その途中、天橋立で途中下車。駅の近くからリフトで展望台へ。名物「股のぞき」で撮影。立ち上がったとき、かなりフラッとする。
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一応、見てもいいかなという景色。
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展望台を下り、砂州に行ってみる。砂地の上に松並木がどこまでも続く。すぐに飽き、途中で引き返す。
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砂州の根本には神社があり、電車が来るまで暇をつぶす。
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駅の観光案内所の上の飾り壁にトンボがいた。尋ねてみると夏からいるという。
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高校生で満員の電車に乗り、下りた駅は「夕日が浦木津温泉」。歩いて3分の老舗旅館「ゑびす屋」。松本清張が「Dの複合」を執筆したという部屋が残されている。泊まったのは木造の旧館。大正ロマンの造りがそのまま残されていた。ちょっと珍しいので館内を探検。3コマ目が松本清張が執筆した部屋。4コマ目、タイル張りの共同洗面所。4、5コマ目は娯楽室。6コマ目が、ステンドグラスの天井の「ごんのすけ湯」。うーん、でも、窓からの景色は殺風景な田畑だけ→2コマ目。これでは、執筆に専念できたであろう。
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夜は、青いタグ付きの津居山蟹、1人3杯(そのうちタグ付きは1杯だけであろうが)。当分、カニを見たくない。ううっ。

by otto-N | 2015-12-15 20:20 | Comments(0)

2015.11.30-12.3 京都・紅葉(2) 嵯峨野   2015.12.14 (記)

2015.12.1
宿泊したのは京都駅すぐ近くのビジネスホテル。外国からの観光客でホテルが超混みで、予定していた所がとれなかった。泊まったホテルも80%は中国からの方。駅、街中、寺社とも自撮り棒が目立つ。ただ、団体旅行ではなくほとんど個人旅行のようで、とても静か。朝いちばんで嵐山に向かう。

嵯峨嵐山駅をおり、まず向かったのは清凉寺。大きなお寺だったが、中には入らず、外観だけ。
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次いで、祇王寺。初めてだったけれど、素晴らしかった。
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緑の苔の家に散り落ちた紅葉。3コマ目、ちょっとわざとらしい。
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二尊院に立ち寄る。紅葉はピークを過ぎ、ご本尊は東京に出張中でなので、門から中を伺う。
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もう紅葉は終わりかなと思いながら、常寂光寺に行くと、もの凄い人出。それもそのはず、凄い紅葉だった。
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どこを切り取ってもいい。一番のお気に入りは、山門をくぐって右からの逆光の紅葉。
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寒暖の差もあるけれど、数百年にわたって造園した人工の美だとは思うが、ここまでの紅葉は美しすぎる。
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落ちた紅葉に日が射し、キャンディの箱をひっくり返したような緑と黄と赤。
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撮っても撮ってもきりがなかった。
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最後は再び、最初の場所へ。
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常寂光寺を出て竹林の小路に行く。ここも初めて。ぞろぞろと列をなす人出。こんなに竹が大きいとは思わなかった。歩く先の向こうがとても美しい。
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光を透かした竹林。竹林の向こうに紅葉が赤く霞む。
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竹林の脇に天龍寺。庭で有名だ。3枚のパノラマ合成。
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中に入ってみると達磨の絵。
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その隣の宝厳院。紅葉で有名らしい。今年はあまりよくないとのことであったが、そんなことはなかった。
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黄色い紅葉がアクセントのようだった。
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この庭の紅葉も見ていたらきりがない。
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桂川に出て、対岸を見ると完全な日陰。紅葉は午前中しかよくない感じ。渡月橋付近は人であふれかえっており、再び、竹林の小路へ。「黒木の鳥居」で有名な野宮神社。縁結びの神様らしいが、苔が素晴らしかった。
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いったんホテルに戻り、某雑誌で紹介されていたレストランに行ったけれど、大外れ。それにしても、京都は寒い。晴れていても、ヤマトシジミの1頭も飛んでいなかった。

by otto-N | 2015-12-14 12:56 | Comments(0)

2015.11.30-12.3 京都・紅葉(1) 平等院鳳凰堂   2015.12.8 (記)

2015.11.30-12.3
京都の紅葉を見に行く。紅葉だけが目的ではないけれど、すべて妻の企画。

2015.11.30
久しぶりの新幹線で京都へ。JR奈良線は混んでいたが、乗客の半分は東福寺で下りてしまった。そして、次の伏見でガラガラになる。目的地は宇治。着いてから有名な宇治茶の店で昼食。待つこと50分。お客の80%は中国の方。うーん、京都もか、という感じ。待っている間の暇つぶしにこの店を撮る。巨大な盆栽のような松は初めて見たような気がする。上品な鰊蕎麦を食べたけれど、出されたお茶がとてもよかった。なんでも、鉄板の上で炒る京都特有の番茶だとか。
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さて、6年ぶりの平等院鳳凰堂。塗り直したので、さぞ派手になって気色悪くなっていると想像していたが、それは全くの杞憂だった。内部拝観まで1時間半以上の時間があったので、その前に外観を見ておこうと歩き出すと。池の淵の芝生の上にメスグロヒョウモンのオス。1輪だけ咲いていたちびたタンポポで吸蜜。旅用レンズの18-135ミリのワイ端で撮るには撮ったが、最短距離が35cmでは全然さえない。おまけに逆光。
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風がほとんどなく、鳳凰堂が池に写りこんだ。
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真正面からでは、ワイ端でも全部入らず。こんなこともあろうと単焦15ミリを持ってきていた。(メスグロヒョウモンを撮るとき横着しないでレンズ交換すべきだったと嘆く)
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それでも入りきらないので、歪みを承知の上で2枚をパノラマ合成した。
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少し先からの鳳凰堂。塗り直しは大成功。以前はほんとに朽ちる寸前だった。
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平等院鳳凰堂は外観だけではなくその内部が素晴らしい。細かい螺鈿細工や壁画も素晴らしいのであるが、何よりも、楽器を弾いたり、踊っていたりする小さな雲中供養菩薩像がすごくいい。とても愛らしい。キリスト教でいうならば天使のような存在か。また、見とれてしまった。ミュージアムを出て、少し外を回る。金ピカの鳳凰もいいけれど、ミュージアムに陳列されている昔のつぎはぎだらけの鳳凰は迫力に満ちた造形であった。鳳凰堂は、東に面していて、朝日が昇るとお堂の真ん中の丸い窓から、阿弥陀如来坐像の顔に光が射しこむという。その丸窓を池の対岸から撮ってみたが、暗すぎた。平等院を訪ねたのは前回も午後。やはり、ここは順光の午前中がいいようだ。(建立時は、立木もなく河原だったので、日が上がるとすぐ光が射しこんだとのこと)
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鳳凰堂内部拝観の時間は、前に来たときと同じ14時10分(東京に戻ってから判った)。少し早めに集合場所に行ったら、オスではなくメスのツマグロヒョウモンが飛んでいた。池の淵の短く刈り込まれた芝生に産卵していた。食草は刈り込まれたせいか見当たらなかったが、ヒョウモンの産卵場所はどこでもいいのだろう。レンズを15ミリに交換し、飛んでいるところを狙う。
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池の端の急斜面なので、思うようには動けなかったが、なんとか鳳凰堂を入れることができた。世界遺産バック、よくぞ撮れた。でも、水平が・・・。
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JRで京都市内に戻る途中、時間があったので伏見で下車し、伏見稲荷に寄る。
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ここは初めて。参拝客は80%外国人。2年連続で外国人の日本の観光スポット第1位。なるほど、赤い建物と奇妙な狐像。宗教の話は別にして、ビジュアルに楽しい場所だ。拝観料無料、閉門時間なし。
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お目当ては鳥居の道、千本鳥居。鳥居は少しだろうと思っていたが、まるで違った。山頂まで延々と続いていた。そして、人で溢れかえっていた。さすがに、登るにつれ人は少なくはなったが、人が絶えることがない。ときどき、無人になる瞬間があると、ちょっと不気味。登る方向からは見えなかったが、鳥居の裏側には寄進者の名前が書かれていた。鳥居のドミノ倒し。倒れることはないが。
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途中に祈祷所があったり、墓地のような陰気な場所があった。神社に墓地?後で調べると「神仏分離」以前の「神仏習合」時代からの神社のようだが、詳しくはわからない。鳥居の列は延々と続いていたが、似たような風景なので途中で引き返した。この鳥居、サイズによって、きちんとお値段が決まっているらしい。
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下りている途中、日が沈みかけていた。赤×赤。
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JRではなく京阪電車に乗って、四条河原町まで。夕食は、菊の井を予約してあった。

by otto-N | 2015-12-08 20:20 | Comments(4)