たかがヤマト、されどヤマト

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まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (7)   2013.3.28(記)

2008.5.1 AM
午後にカサブランカまで列車で移動。それまで、メディナの迷路をさまよう。

とにかく全部が裏通りの雑多な街。靴屋のディスプレイは吊り下げが普通。暇そうな男がうるうろし、小さな広場ではボール遊び。
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街中のモスク。男しか礼拝できない。内部の幾何学模様が美しい。
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通路が狭いので、荷物運びは、いつ見ても物悲しいロバ。元気なロバは1頭も見なかった。ロバが入れない狭いところは人が運ぶ。
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金盥や鍋の職人街。こんな大きなものを何に使うか判らなかった。観光用とも思えないが、外で仕事をしていた。
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服はなんでも吊るして売る。パンツも下半身だけ吊るして売る。面白かったのはマネキン人形。すべて金髪。店員はすべて男。派手な女性の衣装もむさいおやじが売っていた。
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野菜、香辛料、ナツメヤシ?の店。得たいの知れないものを売っている小さな店が至るところにあった。
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果物屋はとても綺麗だ。でも種類は少ない。見慣れない果物が合ったら買うつもりだったが、東南アジアとちがい何もなかった。バナナは食べておくべきだったと後で悔やむ。
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肉屋。ラクダの頭が吊り下げられていた。ぎょっとした。ラクダも食べるらしい。
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ランチは、屋上がテラス席になっている店で、焼肉をパンにはさんだものにした。ほどよく熟成された肉の炭火焼き。とてもおいしかったというより、もっと早く食べておればと悔やんだくらい、モロッコで食べた中で一番おいしかった。肉が焼けるまで、下のスークを覗いたり、屋根裏を眺めたり。これで、スークの見納め。
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ホテル前にいたモロッコでたった1回見たチョウ。モンシロチョウだった。日本のものより紋が大きい気がする。
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モロッコ (8)に続きます。

by otto-N | 2013-03-28 16:45 | Comments(2)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (6)   2013.3.18(記)

2008.4.30 フェズ
迷路のようなフェズの旧市街(=フェズ・エル・パリ)を歩き回る自信がまったくなく、ホテルで半日だけのガイドを探してもらった。

ホテルで待ち合わせ、最初案内されたのは王宮だった。公開されていないので中には入ることができないけれど、イスラムの贅を尽くした豪華絢爛な門だった。ブログに写真を出すなんて思ってもみなかったので、ちゃんとした正面からの写真を撮っておらず。しかたがない、3枚をつないだパノラマ合成を出します。
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そして、ブー・ジュルード門から旧市街(メディナ)と足を踏み入れる。
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スークと住居が渾然一体となった旧市街。場所によって商売が違う。野菜・果物のスークは歩くのも大変なほど込み合っていた。ある一角では金属容器の専門店だけという具合。たいてい店先で作り、店に並べる。何でも手作り。人はやっと通れる路地。こんなところばかり。
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ランプ屋の中から外を見ていると、ロバや馬、色んな人が通る。何枚か撮ったものの1コマ。
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雑多な街の中には、モスクがいくつかある。これは、モスクではなく、ブー・イアナ・アドラサという14世紀に建てられた神学校。外の賑やかさが嘘のよう。それにしても、イスラムの幾何学模様は美しい。
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フェズのメディナで一番の景観。スーク・ダッバーギーン、通称、「タンネリ」というなめし革染色職人街。この場所はわかりにくいというので、わざわざガイドを頼んだというのが実情。確かにわかりにくい場所だった。バッグや革ジャンなどを売っている店に入り、狭い階段を上り詰め屋上から一望できる。
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絵具のパレットのような各色の壺、といっても人が入るくらいの大きな壺が並べられ、職人が忙しく立ち働いてている。付近は、強くはないが腐臭が漂う。店で何か買っていくのが礼儀だと思うが、あまり欲しいものはなくチップで勘弁してもらった。
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少し迷路をふらついた後、昼食。古い邸宅を改造したリヤドという高級プチホテルがあるらしいが、ここはそれに近い所。実は、前夜から下痢。というわけで、ちゃんとしたトイレのある店しか入ることができなかった。妻は元気。食事は店構え通り高級だった。それにしても、サラダは食べず、コップもなるべく使わず、火が通ったものだけ食べてきたのだが、何が悪かったのだろう。あるとしたら、絞りたての生オレンジジュースかなというところ。
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昼食の後は、ガイド氏と別れ、一人旅。果てしない迷路をさまよう。ひもで吊り下げられた靴。裏通り。ミツバチが集っているアーモンド菓子売り。陶器はとても綺麗。子供たちも遊んでいるが、写真を撮るとチップを要求されるので、こっそり撮る。大人もだが。
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相変わらずの裏通り。道に迷うといけないので、少しずつ行動範囲を広げた。果物屋のバナナは吊るして売っていた。
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通路は狭いのでロバに荷物を担がせる。ぼおーっとしていると、大声で、ロバが通るぞと怒鳴られる(と言っていると思う)。ロバの顔はほんとに悲しそうだ。まるで元気がなさそう。下着屋さん、結構派手。
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この大きな木のある所が我々のランドマーク。ガイドブックによると、サファリーン広場というらしい。観光客やら地元客でごった返していたが、店の主はそれほど商売熱心ではない。
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この日は、一か八かで呑んだ抗生剤が効いてきたせいか、何とかお腹はもったが、夕食時ビールさえ入手できなかった。妻はスーパーがあると聞いて捜しにいったけれど、しょんぼり戻ってきた。どこで売っているんだろう。


モロッコ (7)に続きます。

by otto-N | 2013-03-18 14:47 | Comments(0)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (5)   2013.3.14(記)

2008.4.29
この日は、エルフードからアトラス山脈を越え、古都フェズへ移動した。ほとんど車の中からの写真。走っている車の中からコンデジで写真を撮るのは、揺れる以外に、ピントがすぐ合わない、窓ガラスの色がつくなど、思ったようにはいかず、出来はわるいけれどけっこう楽しいもんです。

エルフードのホテルの門を出てみると、道路の縁は砂に埋もれ、除雪ならぬ「除砂」が必要な街らしく、「砂掻き」をしていた。都市部では少なかったが、この付近の女性は黒装束が多い。見るたびに少しぎょっとする。
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相変わらず荒地の中のドライブ。ときおりオアシスを見るが、殺風景であることに変わりがない。人造湖もあったが、まわりに緑がなく不思議な景観。横縞の地層が剥き出しになった谷間(モロッコのグランドキャニオン)を通る。その後は、緑が少し増えてきた。
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広々としているが単調な景色が続き、いつしか山の中へ。はげ山に木が斑点状に育っていた。初めてみる景色だった。
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車を停めてほしかったが、カーブの連続する道路だったので遠慮した。
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山を下りても似たような景色が続く。このバラの花はどこで撮ったのだったのか記憶になかった。調べてみると、「ミデルトのレストランで昼食の後、アトラス山脈を越え・・・」とあった。「鱒料理」を食べたのを思い出した。こぎれいな街だったので写真を全く撮ってなかった。のどかな平原地帯を進む。
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横長にトリミングしたものをあえて2つに分割し、9コマ中の2コマに組み込んだ。車はまた山の中へ、イフレンという所で小休止。イフレンという街はモロッコではなく、マロニエの木もあり、街並みはヨーロッパの避暑地風。アトラス山脈の中腹にあるらしく標1650mとのこと。びっくりしたのはお茶を飲んだホテルにあったスキー板。昔の愛機(ダイナスター・オメグラスⅡ)もあり、とても懐かしかった 。ヤマハスキーも輸出してたんですね。リフトもどこかにあるに違いなかったが、モロッコにスキー場があったとは・・・。緑で溢れるイフレンからの山道を下ったところが、フェズだった。近代的な都会。ホテルも新しく、アンツーカーのテニスコートもあり、アメリカ的な設備。しかし、オーナーは敬虔なイスラム教徒とのこと、アルコールは一切おいてなかった。ガイド氏とドライバー氏にはここで別れたが、初めからわかっていたら寄り道をしてもらったのに。あーあ!
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モロッコ (5)に続きます。

by otto-N | 2013-03-14 21:00 | Comments(1)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (4)   2013.3.12(記)

2008.4.28 メルズーカ (サハラ砂漠)
朝起きてみると、泊まったコテージはプールがあり花も咲き乱れ、ちょっと古かったがなかなかのホテルだった。この日は渓谷沿いのルートで、サハラ砂漠の端っこにあるエルフードという街まで行く。
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殺風景な砂礫の中のドライブ、カスバがときおり出現する。こんなところでと思った所で、子供たちがバラの花飾りを売っていた。有名なバラの産地だという。
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オアシスに拡がる街を見るとほっとする。美しいと思う。
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荒地の中に道路が続いていたが、とある賑やかな街で下車。絨毯の集散地らしかった。絨毯店に案内され、まったく買う気はないので適当に切り上げようとしても、「まあお茶を」と引き留められ、「もう一杯お茶を」と延々と続く。もちろん絨毯が次々と出てくる。そのうち店員の眼はすわってくるし、写真を撮りたいところだったが撮ったらただでは帰られない雰囲気。出るのが大変だった。男ばっかりの街の風景。左下はガイド氏。
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砂礫地帯を抜け、大きなオアシスの街、ティネリールにやってきた。女性の集団は学校帰りのようだ。とても綺麗な街だった。
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このオアシスの全景。ナツメヤシの畑が美しい。
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街の先は深い谷になっており、トドラ渓谷という景勝地だった。そこの「ヤスミナ」というホテルで休憩・昼食。ビールは売り切れだった。またしても、食べる前ではなく食べた後に料理を撮る。例によって、野菜中心のタジン料理だったが、珍しく「お肉」が出た。
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トドラ渓谷を後にし、また荒野の道をひた走る。2コマ目、街と街との境界にはこんな門がある。みんなピンボケだった。羊がいたり、駱駝がいたりするが、とにかく、ひた走る。左隅は、荒野にあった井戸の後。今は枯れてしまったらしい。少しずつ砂漠に近づいたらしく、砂が細かくなり風紋も。最後はエルフードの街。エルフードはアンモナイトの産地。大理石に閉じ込められた化石をテーブルや置物に加工する工場を見学。三葉虫などの化石が入ったテーブルは不気味すぎた (写真を撮らず失敗)。
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エルフード近くの荒野。ときどき、道路が半分砂に埋まっている箇所もあった。
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予定では、メルズーカの砂丘は翌朝に訪れることになっていたが、ガイド氏から、「夕日の砂丘はどう」と提案があり、早起きはいやなのでもちろんの急遽変更。砂丘ガイドの4WDに乗り換えた。無数の轍の向こうがメルズーカの砂丘。その向こうにサハラ砂漠が拡がっている。
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砂丘まで真っ直ぐ行けると思っていたがとんでもない。平らだったのは最初だけで、すぐに大きな石がごろごろころがり、轍も深かった。ドライバーの腕と経験だけが頼り。ときどき底に岩が当たる。日本で走っている4DWのなんと軽薄なことか。4DWはこうじゃなくてはという走りだった。やっと砂丘の麓に到着し、待っているからお好きにどうぞということで、砂丘を歩いて登る。駱駝に乗って登るのが人気らしいが、砂丘を肌で感じたかった。砂の山の先には人がおり、無人の景色を撮りたかったが、なかなかそんなアングルはなかった。足跡のついていない所も少ない。というわけで、こんな写真も出しました。5年前なのでもう時効。今見ると若かったですね。
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登っている途中、点々と続く虫の足跡らしきものを見つけた。そして発見。「ゴミムシダマシ」。1回見つけると次々見つかった。駱駝の糞でも食べているのか?でも、このコンデジではピントが合ったときには、もうそこにはいない。ものすごく足が速かった。写真を撮るのは諦めた。
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虫を追っているうち、どんどん引き離されたが、やっと追いついた。この砂は、とても細かい。さらっさら。裸足になっても痛くない。というより裸足のほうが気持ちがいい。
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砂丘のてっぺんの向こう。静かだった。もうすぐ日が落ちる。
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みんな思い思いの場所に座り込み、日が沈むのを待つ。そして、落日。
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素晴らしい夕日だった。ただ残念ながら、日の沈む方向はサハラ砂漠ではない。サハラ砂漠から日が昇る。つまり、ここはサハラ砂漠の西端にある。そんなことより、朝日を見るより夕日を見るほうが絶対きれい。なぜなら、逆光なので砂丘はシルエットにしか見えないはず。エルフードのホテルに着いた後、満天の星を見た。この写真、実は北斗七星。残念ながら7つ全部が写っているのはブレて、ブレていないのは1個足りなかった。
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余談:
砂丘のてっぺんから麓に下りるとき、日は落ちて暗いし、裾広がりで、いくつかあった建物のうちどの建物から来たのか、方向が全く分からなくなった。なんとか見覚えのあるブッシュがあったので帰ることができたけれど、あやうく遭難するところだった。


モロッコ (5)に続きます。

by otto-N | 2013-03-12 15:15 | Comments(4)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (3)   2013.3.6(記)

2008.4.27 アイト・ベン・ハドゥ
朝、4DWの小型ワゴン車がやってきた。アトラス山脈を越え、サハラ砂漠の大砂丘に寄り、モロッコの古都フェズまで、2泊3日の小旅行。ドライバーの他に日本語のガイドがつく。

マラケシュからアトラス山脈に向かう途中の風景。家々が密集している街にあった広い空地にはサッカーのゴールポスト。前を走る小型車の中の子供たち。かわいい。いつのまにか山道に入り、最初の休憩地。緑がとても綺麗だったが、緑とはこれでおしまい。
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人が集まっていたのは市場のようだった。集落は少なくなり、周りは岩だらけの道をひたすら登る。雪を頂いた山も見えてきた。
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ドライブインで少し休憩。近くに咲いていた花を撮る。2コマ目、黄色の花は菜の花のようだったが、少し感じが違った。
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谷あいのベルベル人の村。衛星放送のアンテナがよく目立つ。
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切り立った崖っぷちの山道が延々と続く。
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駐車スペースがあったので、そこから下を覗いた。
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テガードレールが落ちている箇所もあったが、無事、ティシュカ峠(2262m)を越えた。峠に止ってくれるものと思っていたが、そのまま素通りした。これでは感激がない。
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あとは、下るだけだったが、この景色はとてもワイルド。右下に走っている車。
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だんだん緑が増えてきて、砂漠地帯になり、とある集落に着き、そこでタジン料理の昼食。ビールはなく、コーラで流し込む。もうすっかり慣れた甘い甘いミントティ。2コマ目、洗濯物は、川で洗って岩の上で干すらしい。
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この集落は、アイト・ベン・ハドゥという村だった。500年前、部族間の抗争が激しかったベルベル人の要塞村。世界遺産。日干し煉瓦で作られ、入り口は1つしかない。まず、川を渡る。今は渇水期、水はほとんどない。
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廃墟だが、数家族はまだ住んでいるらしく、洗濯物が干されていた。土産物屋もある。
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中腹から見ると・・・
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さらに登ると・・・
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そして、一番高いところからの360度の11枚パノラマ合成。この村付近だけが緑、荒野が果てしなく続いていた。 (どの写真もクリックすると大きくなります)
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ここでも、コウノトリの巣があった。日干し煉瓦で作られた要塞村を後にする。アイト・ベン・ハドゥは、映画「グラディエィター」のロケ地で有名になったそうだ。
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かんかん照りの道をひた走る。途中、竜巻の子供のようなつむじ風をたくさん見た。しかし、みんなピンボケ。城壁で囲まれたアイト・ベン・ハドゥのような要塞村をカスバという。カスバは、道の至るところにあり、その1つに案内された。そこから見たナツメヤシの畑のあるオアシスが、とても美しい。この日は、ワルザザードという街に泊まった。さすが、ホテルにはビールがある。モロッコ産のワインも。
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モロッコ (4)に続きます。

by otto-N | 2013-03-06 14:12 | Comments(4)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (2)   2013.3.4(記)

2008.4.26 マラケシュ
朝一番に行った所は、1920年代にフランスのアール・デコの画家J.マジョレルが造園し、今はイヴ・サンローランが経営しているマジョレル庭園。近いのでホテルから歩いていった。園内にはサボテンを主として植えられていたが、このブルーは脅威的だった。影までもブルー。
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そう広くはない園内にあるこの小さな建物、イスラム美術館。この配色は何!という感じ。
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マジョレル庭園は人気があるらしく朝から人が多くて、なかなか無人という写真は撮れなかった。とにかく、このブルーは鮮烈だった。
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王宮の近くにあるアグノウ門。アーチの周りの模様が美しい。
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サアード朝の墳墓群。アグノウ門のすぐ近く。内部は少し陰気だが装飾が素晴らしい。コウノトリが多く、少し高い所にはたいてい巣があった。
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バイア宮殿の中庭。とにかく絢爛豪華なシンメトリー。
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宮殿の内部。壁、柱、天井とすべて細かな装飾。
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宮殿もいいけれど、楽しいのは宮殿の周り。メディナ(旧市街)はうろつき回るだけで面白い。ほんとに異文化の地に来たのを実感する。
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メインストリートを外れると、こんな赤壁の迷路が続く。
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歩きくたびれたのでフナ広場に出て、一番見晴しのいい屋上のカフェを探した。フナ広場のカフェにはどこもビールはない。残念。
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前の日は見つからなかったが、名物の水売り男が現れた。最初1人だったが、あちこちに現れ客を捜す。なかなか客はつかまらず、相談しあって客を捜す動きを追はちょっと滑稽だった。眼下では相変わらずの喧騒。
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いつの間に、広場に灯りがつき始めた。スークの中をちょっと覗いてみたい気がしたが、1日歩き回っていたので、さすがにくたびれ、ホテルに帰った。
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マラケシュの街、全部がこんな古い街ではない。新市街は普通の近代都市。馬車も車と一緒に走ってはいたが・・・。泊まったのは小さくて古そうだったが、小さなプールもあり、窓からジャカランタの花も見えた。ちゃんと昼食時はビールも飲めた。夕食はまたもやタジン料理だったが、ワインは赤もあった。
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モロッコ (3)に続きます。

by otto-N | 2013-03-04 11:26 | Comments(2)

まだ遡り! 2008.4.24~5.3 モロッコ (1)   2013.2.28(記)

2013.2.28
今日の天気予報では、日中の最高気温は14℃。外に出てみると確かに暖かく、4月にキタテハが数頭テリ張りする近くの公園に行ってみたけれど、まるで現れなかった。この公園には、キタテハが越冬できるような茂みが見当たらず、春になったらどこからか飛んでくるのかもしれない。ウラギンシジミのメスがすぐそばに来たのにもかかわらず撮影できず。また、まさかいるとは思っていなかったモンキチョウも飛んでいたが、すぐに消えてしまった。というわけで、旅行写真の整理を続けます。カメラはキャノンのコンデジ。
実は、1月下旬、テニスをしているとき、左膝を痛めてしまい、この1か月は脚を引きずり、やっと左右均等に歩けるようにはなったけれど、まるで不調。MRIを撮った結果、左膝内側の半月板損傷。要手術。しかし、手術後6週間ほど膝を固定する必要があるとのこと。4月に旅行の予定があるし、それよりチョウのシーズンに入るので、しばらく様子を見ることにした。今シーズンのスキーは諦めたが、この先どうなることやら、とても不安。


2008.4.24~5.3 モロッコ旅行
この年のゴールデンウィークに、モロッコに行っている。小さな旅行会社のツアー。エア・チケット、空港までの送迎、ホテル、長距離移動にはガイドと運転手がセットされている。客は我々二人だけなので、ほとんど個人旅行に近かった。

2008.4.24
夜遅く、成田からエールフランスでシャルル・ドゴール空港へ。

2008.4.25 マラケシュ
4時すぎ、がらんとしたシャルル・ドゴールに着き、7時半ころのカサブランカ行きに乗り換える。途中、雪の山が見えたが、たぶんピレネー山脈だろうと思っているうち、地中海を越え、飛行機の窓から撮った初アフリカ。一面に広がる畑が美しかった。
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空港から出迎えの車にのり、カサブランカ駅まで。その場で買った1等車の切符を手渡され、マラケシュに向かう。駅の隣のカフェにはビールがなく、この先を思いやられた。列車はコンパートメントだった。約3時間で着いた。途中、緑がなく荒地ばかり。
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ホテルにチェックインし、すぐに街に繰り出した。目的地は、ジャマ・エル・フナ広場。目印となるクトゥビアの塔を目指すが、入り口がわからず、かなり迷ったものの無事フナ広場に到着。スーク(市場)の入り口を見つけ、中に入る。
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スークは迷路のようになっており、雑多なものが売られていた。ただ、店は多いが商品の種類は少なく、店が変わっても同じ商品ばかりだった。1コマ目はタジン鍋専門店。香辛料屋が目につく。ブロックごとに専門店が固まっている。
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香辛料屋もさることながら、面白かったのはナッツ屋。ナッツに埋もれ、売り込みに励んでいた。真ん中が売り子の席。この店だけかと思っていたらどこも同じだった。
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迷わないように、少し行っては戻ることを繰り返しりながら、奥まで行くと店が途絶え、旧市街(メディナ)の世界。赤土の壁が続いていた。お洒落な店もあるが、たぶん観光客用。
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だいたい同じような店しかないし、欲しいものもないので、スークを出てフナ広場に出てみると、人がものすごく増えていた。どうやら、焼肉系の屋台が準備を始めたようだった。煙が一面に立ち込める。
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これが一番の料理でしょう。ヒツジの頭のロースト。脳みそをすするらしい。
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日が落ち、灯りがともり、煙が立ち込めるにつれ、人がどんどん増えていった。二人とも、いたってお腹は丈夫ではないので、初日の屋台は生ジュースくらいにしておき、ホテルで夕食。タジン料理だった。嬉しいことにモロッコ産のワインがあった。
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モロッコ (2)に続きます。

by otto-N | 2013-02-28 16:33 | Comments(6)

もう少し遡り! 2009.5.16-5.23 ギリシャ (5)   2013.2.23(記)

2009.5.22 アテネ
ホテルのチェックアウトは12:00、アテネ発のフライトは16:40。遺跡もだいたいは見たことだし、最終日のこの日はアテネの街歩き。

朝、国会議事堂前の無名戦士の墓の前で行われる衛兵の交代の儀式を見物に行く。ユーロ危機の時、大集会が行われたシンタグマ広場の向こう、ギリシャ国旗がはためいているところが国会議事堂。以前は王宮だったとのこと。この前で、1時間ごと衛兵の交代儀式が行われる。衛兵は左右の1人ずつ。微動だにしない。
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観光客が集まる中、交代する3人が建物の方からではなく、街の方、すなわちシンタグマ広場のほうからやって来た。止って、世話係の兵士から服装の検査を受ける。衛兵は自分で服装を直すことはできない。検査を受けた後、左右に別れ儀式が始まった。最後は、今まで立っていた兵士が帰り、新しく来た兵士と入れ替わる。
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この姿勢で1時間。微動だにしてはダメ。。「気を付け」の姿勢を絶対崩してはいけない。汗がでたら世話係兵が汗をふく。観光客が近づきすぎたら世話係兵が追い払う。
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この後、パルテノン神殿のある丘の麓まで、緩い坂道を下る。シンタグマ広場、ギリシャ正教の僧らしき人、花で一面覆われた住居、新聞売り、古い古い教会、拳銃を下げ談笑中の警官。
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坂を下りきると、ギリシャの遺跡。その向こうにパルテノン。そしてお土産屋が並ぶ。
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少し横にはずれると、ジャカランタの花が咲く通りに出た。市場もあったし、アメ横みたいな所もあった。
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もっときれいなジャカランタはないかと探したが、あまりいい所はなかった。ホテルの近くの路上レストランでゆっくり食事をし、もう少しと近くを散策しているうち、迎えが来る時間になってしまった。
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2009.5.23 ドバイの飛行場
アテネ発16:40、ドバイ着22:05。ドバイ発2:35、関空着17:20。関空発20:25、羽田着20:35。ドバイではやはり退屈した。さすが、裕福そうなアラブ人が多い。空港の時計はすべてロレックスだった。待合室、前のほうに座っていたこの旅一番の美人。
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サントリーニ島の青いドームの教会は、とても美しかった。しかし、美しいほど淋しさが漂う。海に向かって、虚空に向かって建てられているせいか。そういえば、昨年訪れた五島の島々の教会もそうだった。アテネは何か欠けていた。古代と現代があっても、中世がない街のせいか。それとも、一番いいものが国内には残っていないというせいか。 (このギリシャ旅行では、1ユーロは133円だった)

by otto-N | 2013-02-23 22:04 | Comments(2)

もう少し遡り! 2009.5.16-5.23 ギリシャ (4)   2013.2.21(記)

2009.5.21 アテネ (アクロポリス)
前日、アテネ行きの最終便になったのは、乗客が少ないための間引きのようだった。幸い、便変更の連絡があったらしく、出迎えの車に乗ることができほっとする。途中、ライトアップされたパルテノン神殿が見えた。

翌朝、およその見当をつけてパルテノン神殿を目指す。遠くからは神殿のある丘が見えたけれど、近づくにつれビルの陰で迷子になる。坂道を登ると丘に出るはずと思っていても、道が入り組んでいるので、なかなか近づけなかったが、やっと入り口を見つけた。人がいないと思ったが、どうやら裏口の1つだったらしい。登り切ったと思ったら、すごい人ごみ。階段を上り、パルテノン神殿に近づく。大きい。近づきすぎると、1枚には収まらない。修復工事中であったが、たぶん修復工事は永遠に続くのだろう。クレーンもパルテノンの一部だ。遠くに海が見え、エレクテイオン神殿の少女像が美しい。
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パルテノン神殿。当時は、屋根があり極彩色に塗られていたらしい。
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近づきすぎるとこの通り。これも裏側なので人がいない。
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神殿からはアテネの街が一望できる。だだっ広いところの奥に神殿がある。左は、エレクティオン神殿。
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アテネの街は果てしなく続く。建物がぎっしり。過密都市だった。
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イロド・アティコス音楽堂というらしい。まだ現役。オペラ、コンサート、演劇に使われている。この日もその準備らしかった。
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丘の麓には、遺跡が点在。この後、1つずつ訪ねた。3コマ目、この人の多いほうが神殿の正面。
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とりあえず、丘の下の円形劇場に降りてみる。石垣の上に神殿がそびえていた。劇場の大理石の椅子。
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あちこちにあるローマ劇場の原型らしい。ディオニソス劇場と名称であることを後で知った。
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丘の麓に咲いていた灌木の花たち。乾燥に強いようだ。
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道路を渡って、柱だけが残るゼウス神殿に行く。そして、昼食。このトマト詰はなかなかよかった。
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昼食後は、神殿の向こう側の麓に行く。古代アゴラ。アゴラとは広場の意味とのこと。テッシオン(ヘーファイトス神殿)を中心に、ギリシャ文明の遺物が点在している。
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博物館があり、像や土器や諸々の物が陳列されていた。2重になった柱列が美しい。新アクロポリス博物館というのが、2009年6月21日にオープンしている。どうやら旧アクロポリス博物館、最後の月だったらしい。
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古代アゴラで見つけたチョウ。チョウセンシロチョウ?とヒメアカタテハ。5月半ばというのに、ほんと、チョウがいなかった。
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風の神の塔。八角形の塔に彫られたレリーフがすばらしい。遺跡には猫が良く似合う。
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街をうろつき回っていたら、レストラン街に出た。ここで夕食。テーブルを道路に並べ、メニューを持って呼び込みに忙しい。この人は優秀。確率50%で呼び込みに成功。我々もこの人に落とされたのであるが。そして、日も落ち、夕暮れの中を道に迷いながらホテルに帰る。
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せっかくのアテネだというのに、ガイドブックなしの出たとこ勝負。しかし、土産もムリして買う必要もないし、ふらふら歩きまわるのはとても楽しい。道に迷わないよう、少し行っては戻り、今度は別の方向と、すこしずつ歩く範囲を広げる。それでも迷ってしまうが、目的がないからこそ楽しいのかもしれない。

by otto-N | 2013-02-21 13:01 | Comments(4)

もう少し遡り! 2009.5.16-5.23 ギリシャ (3)   2013.2.18(記)

2009.5.20 サントリーニ島
泊まったのは、断崖の上にある小さなホテルだったが、いままで泊まったどのホテルよりも印象深かった。断崖の尾根に歩道があり、建物は海に向かって雛壇状に造られていた。狭い階段を下り、一番下に水に浸かるだけの小さなプール。そのすぐ前が泊まった部屋だった。中は至って質素。白い大理石の床が素足に気持ち良かった。
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この日は、サントリーニ島の最終日。教会めぐりもちょっと疲れ、とりあえずフィラの繁華街に行く。相変わらず人が多く、土産物屋にもすぐ飽きた。店の外にあったマネキン (日本亜種ではなく、ピンと先があるヨーロッパ原種) は服が替わっていた。赤い服が売れたらしい。いつものビールとは違うギリシャ文字のラベル。昼食はやはり海のもの。イカとエビとサカナのプレート。量がとても多い。
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昼食前に行ったワイン博物館。サントリーニ島にはワイナリーがたくさんあり、一番近そうな所に行ってみた。ちょっと面白かったのは、実物大人形による各作業工程のプレゼンス。音声ガイド付き。もちろん実物の樽も展示されており、最後はティステイング。何種類か飲ませてくれたが、購入をしつこく勧められず助かった。
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サントリーニ島の教会は、なんとなくもの悲しい。この日は、ほとんど教会を撮っていなかった。
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昼食後、ホテルに一度戻った。坂道をとぼとぼ登る。途中、ただの荒地だと思っていたが、畑だった。それも、葡萄畑。この付近は風が強い場所なのか、ちびた葡萄の葉だった。荒地があり、入ってみたが、チョウチョの1匹もいなかった。
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夕方、少し上の「おっぱい岩」付近のレストランで食事することとした。早めだったので席があったけれど、すぐ満席になった。ちょっと観光的なワインだった。でも、いい白だった。
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エーゲ海ゴールド。
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そして、夕日。
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大急ぎでホテルに戻り、荷物を整理し、飛行場に行ってみると、乗る予定の19:55発のアテネ行きは飛ばなかった。結局、次の便22:00発でアテネに向かった。ラテン系はこんなもん?

by otto-N | 2013-02-18 15:18 | Comments(8)