たかがヤマト、されどヤマト

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もう少し遡り! 2009.5.16-5.23 ギリシャ (2)   2013.2.15(記)

2009.5.19 サントリーニー島 (フィラとイア)
午前中、前日の夕方行ったフィラを見て歩き、午後に、サントリーニ島の西のはずれの街イアに行った。イアは夕日で有名。

朝から快晴。豪華クルーズ船が停泊していた。
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坂道をどんどん下り、フィラの街に。白い街並みがまぶしい。
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前の日はクルーズ船がいなかったのに、この日は多かった。とにかくデカい。小型の船がクルーズ船と港のあいだを往復する。上陸するのに相当な時間がかかりそう。
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この断崖の下が船着き場。街は崖の上にある。6連結のロープウェイが見えた。
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フィラの中心街に近づくにつれてどんどん人が増えていった。ロープウェイの他、ロバに乗って坂を上がるらしい。街は、お土産屋、洋服屋、アクセサリー屋でごった返していた。結構可愛いものもあるけれど、男はちょっと用がない感じ。喉が渇いたので、早めの昼食。伸びきったパスタと、タコのステーキを食す。安くはない、時価。
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昼食後、崖の下の船着き場まで降り、徒歩で街まで戻り、迷路のような街で教会探し。
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青くない屋根の教会。かなり立派な教会だった。パステルカラーが美しい。
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大きな教会は中にも入ることができた。思ったとおりとても素朴だった。教会のすぐ近くのホテルのプール。何か違和感。
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昼食後、バス停を探し、イアの街へ。白い大理石の石畳。なぜか、ドアだけの玄関。
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遥か向こうがフィラの街。街はすべて断崖の上だ。
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青い屋根の教会と鐘楼。迷路のような街並み。教会を見つけても思ったようにはたどり着けなかった。
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イアの街はずれまでやって来た。横長すぎる5枚のパノラマ合成。クリックで大きくなるけれど、あまり面白いものではない。撮るのに苦労しただけだった。
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このくらいでいいのかも・・・
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もう少し大きくすると・・・
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この逆側にも白い街並みが広がっていて、風車も残っている。
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近づくと意外に大きな風車だった。
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沖合にクルーズ船が通る。
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どうやら、イアではこの教会が一番のようだ。
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まだまだ教会はありそうだったが、日が沈むまでにはかなりの時間がありそうだったので少し休憩。もちろん・・・
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そろそろ夕日かなと思い、風車の先に行ってみると、人であふれかえっていた。そして、太陽が沈み始めた。が、水平線には雲が・・・。雲が赤く染まるのを見たかったが、大急ぎでバス停まで戻った。
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by otto-N | 2013-02-15 15:33 | Comments(8)

もう少し遡り! 2009.5.16-5.23 ギリシャ (1)   2013.2.13(記)

2009.5.16-5.23 ギリシャ旅行
ユーロ危機になる前、ギリシャを訪れている。きっかけは、航空券の販売から会社を起こし、今や大手となった旅行代理店が、毎年正月に発表する初夢フェア。一度、どこかで、エーゲ海をバックに青い屋根の白い教会の写真を見たことがあり、その場所がサントリーニ島。行ってみたいと思っていた。アテネのオリンポスの丘は、どちらかというと付け足しだった。

2009.5.16 エミレーツ航空
飛行機はエミレーツ。ということは関西空港からの出発。羽田発20:30の便が出発2時間遅れ。やっと間に合い、ドバイ経由でアテネまで。エミレーツは機内でアルコールが出るので嬉しい。ドバイには、5:30の早朝到着。にもかかわらず、飛行場内は人であふれていた。夜も眠らない飛行場らしい。アテネ発14:00、アテネ着18:40。アテネからは、オリンピック航空のプロペラ機。サントリーニ島に着いたのは、日が沈んだ19:30。迎えの車に乗せられ、暗い小さな広場に降ろされる。まもなくホテルの人がやってきて、ホテルはここから少し歩くという。スーツケースを持ってくれた。暗くて細い道を後からついて行く。ホテルの入り口は斜面のてっぺんにあり、崖に造られていた。ホテルにはレストランはないようだったが、食事は用意できるという。助かった。ワインも2本頼んだ。
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2009.5.17 サントリーニ島 (フィロステファニー)
ホテルのあった場所は、フィロステファニーという地区らしかった。朝食は、プールサイドのテラス。そこからの眺めは、絶景だった。
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席に着くと、どこからともなく食事が運ばれる。波一つないエーゲ海を眺めながら、パンくずを雀にやり、ここに居ついているらしい子猫と遊ぶ。眼下の波打ち際に小舟が1槽。
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さて、どこから散策しようか。とりあえず海に向かって右のほうに行ってみた。ちょっと坂を登る。白く塗るのは太陽の光をはじくため。こうして絶えず塗り直しているようだ。切り立った崖の上には白い家々が立ち並ぶ。最後のコマは、勝手にで命名した「おっぱい岩」。
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おっぱい岩まで行ってみる。その途中からのエーゲ海。
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そして、断崖下の教会。
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はえている植物はパサパサな感じ。教会には誰もいなかった。
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カモメだけが、断崖に舞っていた。静かな静かな景色。
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のんびり風景を見ながら、写真を撮りながらのぶらぶら歩き。でも、チョウは捜していた。やっと見つけたのはベニシジミ。海を背景に撮りたかったが、2回シャッターを切っただけで飛んで行ってしまった。
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5月といっても、もう暑い。雑貨店があったのですかさずビール。ランチのときは生ビール。じゃなかった、これは普通の壜ビール。
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ランチ後、眠くなったのでホテルに帰り、シェスタ。プールサイドの子猫も寝ていた。夕刻、フィラの街へ。坂道をどんどん下る。ヒツジ雲のような雲が出てきた。最後のコマ、遠くに見えているのが、ホテルのあるところ。
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この教会は有名らしい。なんだ、こんな所にあったのかという場所だった。
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日が傾いてきたので、少し早めだったが、眺めのいいレストランを捜した。遅くなってはいい席が埋まりそう。
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レストランにいた子猫。みんなにおねだりしていた。夕日は雲の中へ。すっかり暗くなってから、ホテルに戻った。結構急な坂だった。登り切ったところで写真を1枚。
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by otto-N | 2013-02-13 15:28 | Comments(2)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (6)   2013.2.11(記)

2009.10.10 アレキサンドリア
午前中にアレキサンドリアの要所を見て廻り、昼食後、カイロに引き返した。

泊まったホテルはなかな豪華なはず、5つ星だった。窓から庭を見ると、すぐ地中海。近くに瀟洒な建物が見えたので、出発前に見に行った。この付近は公園になっているようだ。アレキサンドリアの街は、ここがエジプトかと思うほど、お洒落な建物が並ぶ。そして地中海。世界共通の魚釣り。なにかのんびりしていると思ったら土曜日だった。左隅は、カイトベイの要塞といって、地震で崩れた灯台を防十字軍の要塞にしたとのこと。
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市内にはチンチン電車が走りエジプトとは思われない。が、エジプトらしい街並みも。廻ったのは、カタコンベ(地下墓地)とポンペイの柱という所。また、エジプトは産油国。郊外にはガス井の炎が燃えていた。
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もう一つ行ったところは、アレキサンドリア国立博物館。小さな建物であったが、中には、像、レリーフなどぎっしり詰まっていた。クレオパトラ時代の遺品が多い。写真撮影はOKだった。
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長い顔は、アメンホテプ4世。多神教を一神教に改革したが、1代限りで多神教に戻ってしまった。
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この博物館にあったエジプトの地図。この旅行で立ち寄った場所を記入してみた。南北1024km、90%は砂漠だ。
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海沿いのレストランで昼食後、北へ220km、カイロに戻る。カイロは大都市。もちろん、高層ビルの立ち並ぶ地域もあるが、魅かれるのはちょっと古い地域。バスの窓から撮ったものでどいしょうもないが、その存在感に圧倒される。人の集まる場所には、服が吊るされ、皮を剥かれたヒツジが吊り下げられる。最後のワインは、エジプト製。エジプトでも作られているとは知らなかった。ディナークルーズで入手。飲んだ感想?残念ながら、覚えていない。
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カイロでのホテルは、ナイルの畔にある米国系の近代ホテル。もうすぐ、夕日が沈む。
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対岸にあるテレビ塔。夜はライトアップされた。色は一度に変わるのではなく、少しずつ回りながら変わる。ディナークルーズでのベリーダンス。ジュディオングの衣装とどちらが先か。
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2009.10.11 カイロ
最終日は、エジプト考古学博物館。残念ながら、写真撮影禁止。で、写真は帰り際にとった外観の1枚だけ。ツタンカーメンの黄金のマスクも、まじかでゆっくり堪能した。それにしても、空調もないひどい建物。こんなところに人類の宝物をほおっておいていいのかと思ったほど。近々新築されるとのことだが、暴動があったときは本当に心配した。2コマ目、ホテルの前には軍隊が見張りにたっている。ホテルに入る時は、金属探知機を通り、所持品検査もあった。アスワンからアブシンベルに行くとき、車は隊列を組んで走り抜けたが、治安に手を抜けない印象であった。昼食はナイルの畔の野外レストラン。ヨットかと思ったが、さすがエジプト、ファルーカだった。
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夕方の便で、成田へ。約12時間。富士山が見えた。なにげなく主翼の先端を撮ったが、エジプト航空のシンボルマークは、ホルス(タカの神様)だったことを後で知る。まるで不勉強だった。
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以上で、エジプト旅行は終わります。ところで、酒はでてきても、料理のことが全く出てこないと不満のむきもあると思います。料理は、ほとんどブュッフェ形式で、ごった煮風のものばかりだった気がします。まずくないけれど、特においしいものはなかったという記憶しかありません。



P.S.
昨日(2月10日)、三浦半島昆虫研究会主催の講演会(横須賀市自然・人文博物館)に行ってきました。講演タイトルは、「身近なチョウ・ヤマトシジミの世界」。演者は石川光一氏。氏は、植物検疫のかたわらに、ヤマトシジミの生態研究を30年やって来られたとのことです。講演では、近縁種を含めたヤマトシジミの分類、分布、生態、飼育、季節型など、ヤマトシジミのすべてを聞くことができ、撮影することしか能のない私にとっては新鮮なお話ばかりでした。
中でも驚いたのは、南西諸島のヤマトシジミ(亜種ですが)の低温期型。メスは青メスどころか、オスと同じブルーになるということでした。最初、オスばかりでメスがいないと思ったそうですが、外見ではわからないがメスはちゃんとおり、「メスのふ節は5節で先端に2本の鉤爪、オスのふ節は4節で1本の鉤爪」が、決定的な雄鑑別法だそうです。
以前、私は7月の宮古島で、ヤマトシジミのメスの開翅写真を撮ったことがあり、夏でも青メス、冬になったらどうなるのだろうと思ってましたが、ここまでブルーになるとは想像もつきませんでした。
みじかなチョウにも、まだまだ知られていないことが多く、自然観察は無限ですね。
石川光一氏に感謝です。それから、yodaさん、この講演会の案内をチョウ類保全協会のメールに流していただきありがとうございました。

by otto-N | 2013-02-11 11:23 | Comments(6)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (5)   2013.2.8(記)

2009.10.8 カイロ
起床、朝の4時。5時ホテル出発。ルクソール発7時の飛行機でカイロへ。しかし、またもや、出発は遅れた。

上空から見た砂漠の作られ方。最初はグランドキャニオン。砂漠が緑になる所を撮りたかったが、カイロに近づくにつれ視界不良。下は砂嵐らしく、飛行機は大きく揺れた。
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カイロに着いて、案内されたのは、ハーン・ハリリー市場。ごちゃごちゃした雑多なものを売っているスーク。観光客相手のスークらしい。昔のアメ横風。ガラクタ風のものばかりで欲しいものはなかったが、歩き回るととても楽しい。
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ご婦人方は太り気味。ネコもいた。とにかく埃っぽかった。
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このスークの隣にはモスクがあり、男たちの異様な集団。礼拝の時間らしかった。中に入ることのできない男は外に並ぶ。女性、子供がいないと思ったが、男たちとは隔離された別な場所で礼拝するとのこと。この日は金曜日、集団礼拝の特別な日のようだ。
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次は、カイロ市内を一望できるアズハル公園というところ。入場料がかかる。外国人は別料金のようだ。すぐ下に旧市街(イスラーム地区)が拡がっている。
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向こうの丘には大きなモスク。良く手入れされた花壇もあり、シロチョウが飛んでいたが全くとまってくれなかった。そして、カバマダラを発見。2頭いたが、1頭はこの後スズメバチに撃沈された。悔しかったのは、幻光を放つタテハ。近づくたびに遠ざかり、コンデジでは全く手がでないうちに集合時間。ただ、今となっては、何色の幻光だったかも思い出せない。
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公園から見えたのは、モハメド・アリ・モスクという。大きくて豪華なモスクだった。
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内部は壮麗で美しい。靴カバーをするか、裸足で入る。土足厳禁。
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外国人ばかりでなく、エジプト国内からも人が来るようだった。
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市内の自動車専用道路から「死者の街」が見える。この街は昔からの墓地。墓といっても廟なのでれっきとした建築物。今では人が住みつき、スラムとなっているそうだ。遠目には古い街にしか見えなかった。1コマ目は、死者の街ではないと思うのだが、ピラミッドはこのように身近なところから姿を現す。ピラミッドが近づいたと思ったら、連れていかれた先は宝石店。石は確かにいいとは思うのだが、デザインがちょっと。時間を持て余し店の外に出る。ピラミッドはすぐそばだった。そして、この日は、カイロには泊まらず、地中海のほとりのアレキサンドリアへ、220km。左手に夕日、そしてときどき渋滞。着いたときは真っ暗だった。
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カイロ市内の小高い丘、アズハル公園は、後で調べるとかなり広く、小川も流れ緑濃い公園であった。どうやら比較的裕福な市民の憩いの場のようだ。それにしても、旅行中、チョウがいたのはこの公園だけ。カバマダラだけしか撮れなかったが、ラッキーと言うべきか。


(エジプト (6)に続きます)

by otto-N | 2013-02-08 12:05 | Comments(6)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (4)   2013.2.5(記)

2009.10.8 ルクソール
ルクソールのホテルは、ソフィテル。100%リゾートホテル。ルクソールのはずれにあったが、ナイルに面している。ナイルの向こう側(西岸)は、死者の街、王家の谷がある。

この日の訪問地は、王家の谷。ゆっくり朝食をとり、8時出発。カルナック神殿の横を通り、橋を渡る。ナイル川クルージングの船が停泊していた。橋を渡ると農村風景が続き、ちらちらと岩山が見える。そして、谷に造られた舗装道路の先に、王家の谷があった。王家の谷は、古代エジプトの新王国時代の王たちの岩窟墓群。残念ながら、王家の谷は墓の外も内もすべて写真撮影禁止。荒涼とした岩山の中に墓(洞窟)の入り口が点在していた。内部に描かれていた壁画は、まだ極彩色が残っているどころか、当時のままに近いと思われるものもあった。盗掘により副葬品は何もない。ツタンカーメンだけが未盗掘で発見されたというのは奇跡そのもの。王家の谷の入り口付近には、アラバスターという半透明な大理石の細工品の店が軒を連ねているが、盗掘で生計をたてていた人たちの子孫とのことであった。
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王家の谷の後は、1997年に忌まわしい事件があったハトシェプスト女王葬祭殿に行く。とてつもない広場の向こうの岩山の崖を背景に建造するというイマジネーションはすごいです。
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頭上には岩山、外は灼熱地獄。古代からこの地は緑の全くない所だったのだろうか。最後のコマは、日影の休憩所。この後ろの向こうにも行きたかったが、時間切れ。
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建物もさることながら、彩色が残っている壁画が素晴らしかった。が、このままの保存でいいのだろうか?
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メムノンの巨像というのを見てから、ナイル西岸の死者の国から、東岸の生者の国に船で渡り、昼食。先ほど行った王家の谷はあのあたりだろうか?さっぱりわからなかった。
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午後は、全くの自由行動。街に出てもいいが、せっかくのリゾートホテル。ホテル内には緑があふれ、花もいっぱいだった。のんびりすることにした。
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プールがあることを知っていたので、その用意もしていた。しかし、花が多いし、緑にあふれている場所なので、チョウが気になるところ。この当時、チョウを旅行中の記念程度にしか撮ってはいなかったけれど、それなりには捜していた。しかし、シロチョウを1頭だけ見たような気がしないでもないが、何も飛んでいなかった。ホテルの外にでてもいなかった。いたのは、この変な鳥。キツツキの一種と思うが、この長い嘴を芝生の中に突き刺し、虫を捜す。突き刺す瞬間を撮りたかったがなかなか近寄らせてもらえなかった。そして、夕刻、ルクソールの街に出た。
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行った先は、カルナック神殿。夜はライトアップされる。
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この後、ルクソール博物館というすばらしく近代的な博物館にも寄っているが、写真は残っていなかった。撮影禁止だったのかな。ラムセス1世のミイラは強烈だった。


(エジプト (5)に続きます)


P.S.
この記事を書いた後、「Shippo☆のネーチャー探索記2」のShippo☆さんの個展に行って来ました。ファンタスティックなチョウ写真が素晴らしいです。Shippo☆さんとは、昨秋のチョウ類保全協会の写真展の手伝いに行ったときにお会いしただけですが、撮影の苦労話を色々聞かせていただきました。近くに、「ヒカリエ」という新名所も誕生し、渋谷も変わりつつあります。チョウもあまり期待できないと思ったら、ぜひ渋谷にお越しください。
渋谷駅近くのギャラリー・ル・デコで、10日(日)まで
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by otto-N | 2013-02-05 11:17 | Comments(6)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (3)   2013.2.3(記)

2009.10.7
モスクから拡声器で流されるアザーンの声はほとんど聞こえず、起こされずにすんだ。(アザーンの声は嫌いではないが、時と場合によります)
対岸から灼熱の太陽が昇ってくる。泊まったホテルは、ここのランドマーク的な建物。エレファンティネ島というナイル川の中州にあった。バス乗り場へは船に乗って対岸に渡る。この島には、昔から住んでいるヌビア人のかわいい家の集落があることを帰国してから知った。バスに乗り込み45km、ナイル下流へ。
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着いた遺跡は、コム・オンボ神殿というところ。金の山という意味だそうだ。レリーフが見事だった。部分的に色彩も残っていた。昔の病院跡もあり、そこには分娩姿のレリーフも。この旅行でのガイドは、武蔵丸に似た人。
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その次は、80kmほど離れたエドフというところにあるホルス神殿という遺跡。その途中の風景。暇そうな男ばかり目についた。座卓を囲んでいるのは麻雀か?
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ホルス神殿は大きかった。
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レリーフが素晴らしい。詳しい説明を受けたが・・・
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ホルス神殿の中庭。日陰は涼しいが、太陽はぎらぎらだった。
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神殿の外では土産物売りはしつこかった。ずうーっと追ってくる。この後、バスは、さらにナイルに沿って下った。ところどころにクリークがあり、その付近だけが緑。後は砂漠というか岩や石。子供たちはとてもかわいい。
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エドフから110km、着いたのはルクソール。ルクソールといえば、カルナック神殿。圧倒的なスケールだった。高さ30mのオベリスクは1枚にはとうてい収まらず、パノラマ合成。
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太くて高い柱。どうやって撮ったらよいかわからず、撮影を放棄したようで、撮った枚数はとても少なかった。
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まったく百聞は一見にしかず。写真やTVではこのスケールはわからない。左も、縦パノラマ合成。マニュアル露出なので撮影はちょっと手間取る。
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ブログなぞ始める予定はなかったので、「はい、チーズ」の写真ばかり。背景をトリミング。とにかく、カルナック神殿では、興奮しっぱなしだった。「ルクソール」というビールもあった。この日、2連続でルクソール泊まり。
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(エジプト (4)に続きます)

by otto-N | 2013-02-03 12:38 | Comments(8)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (2)   2013.2.1(記)

2009.10.5 アブシンベル
起床は夜中の1時半。冗談だろうと思ったけれど、ホテル出発3:00、カイロ発5:00の飛行機でアスワンに行くという。所要時間1時間半。羽田~千歳くらいのフライトだ。しかし、出発は大幅に遅れた。遅れた時間のメモがなかったが、原因はアスワンの飛行場付近の砂嵐。

アスワンに着いてみると、砂嵐など無関係に思い切り晴れ。まずは、アスワンハイダムの見物、といっても、堰き止められてできた人工湖、ナセル湖の見物。味もそっけもない砂漠の中にある広大な湖だったが、教科書で習ったことのある壮大なダム、送電線が張り巡らされており、それなりに感慨深いものだった。。
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このアスワンハイダムの建造によって多くの遺跡が水没したが、水没前に近くに移設された。イシス神殿というのもその1つ。水没前と似たような小さな島に移設されたとのことだった。船に乗って島に渡る。
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イシス神殿を島を一回りした後、「切りかけのオベリスク」を見学した。あの長いオベリスクをどのようにして作ったか疑問であったが、切り出しに失敗したオベリスクがで見つかり謎が解けたとのこと。それにしても、暑かった。
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そして、アスワンから、ほとんど直線280km、アブシンベルに向かう。アブシンベルに向かう車は1ヶ所に集められ、コンボイを組んで砂漠の中を突き進む。バスには護送警官が乗り込んだ。着いたところもナセル湖のほとり。とにかくこの湖は大きい。
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早速、アブシンベル神殿に出向く。まさしく大魔神だった。巨像をブロックに切り分けてから運び、積み直したとのこと。大きすぎて、近くからではとうてい1枚の写真には収まらなかった。
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アブシンベル大神殿のパノラマ合成。上空には鳥が数羽静かに舞っていた。
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大神殿の先には、小神殿。「小」といっても巨大だ。
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上のパノラマ写真は遠近法で合成したが、位置変更法で合成するとちんまりする。合成前の写真は同じでも、遠近法のほうがダイナミックだ。
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神殿近くの湖畔のホテルで1泊。ホテルの付近だけが、緑にあふれていた。夜は、大仕掛けな「音と光のショー」。団体ごとに予約時間が決まっていたが、理由が判明。ナレーションが日本語だった。ステラビールはこの後もよく飲んだ。最後は、飛行場で見つけたブルゴーニュのワイン。この国でワインの入手は難しかった。
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2009.10.6 アスワン
朝起きると今日も晴れ。晴れているのが当たり前というのもなんか変だが、部屋のバルコニーから見る湖はとても穏やか。8時半ころ出発。またコンボイを組んでアスワンまで戻る。途中、蜃気楼が見えたのでバスの中から暇つぶしに撮影したが、ぼやーっとしか写らない。窓にハエ。280kmの旅。アスワンは、ナイル川の川岸にある都市だったが、緑のあるところは川に沿ってだけだった。すぐ後ろは砂漠。川にはファルーカというこの地方独特の帆掛け船が行きかう。やはりハイネケンはうまかった。思わず追加をバスの中にキープ。
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昼食後は、スーク(市場)へ。小奇麗なスークだった。やはり、イスラム圏では香辛料屋が目につく。ただ人をあまりおおっぴらには撮影できない。すぐ「バクシーシ」といってお金をねだられる。特に、子供はすごい。モロッコで懲りた。
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ホテルからはナイル川が見通せた。対岸にはイスラム寺院のミナレット。ただ、イスラム寺院はちょっと曲者。未明、祈りの時間に突然起こされる。夜は、ファルーカに乗って対岸のレストランへ。ファルーカはとても多かった。漁船なのか観光用なのかよく判らなかったけれど、たぶん後者だろう。
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さすが、日中は暑かった。ただ、湿気はないので、日陰はすごしやすい。ただ、チョウチョは、イシス神殿へ行く船着き場でタテハの仲間?を1頭見ただけだった。乾いた土地ではやはり少ないというより、全くいない。


(エジプト (3)に続きます)

by otto-N | 2013-02-01 13:40 | Comments(6)

さらに遡り! 2009.10.3-10.12 エジプト (1)   2013.1.30(記)

2009.10.3-10.12 エジプト旅行
2009年の秋、エジプト旅行に行っていた。エジプト国内での移動距離が長く、小さな旅行社では費用が高すぎ、大手旅行社のバスツアーのほうが経済的だった。団体のバスツアーは、お土産屋に立ち寄る時間が苦痛であるが仕方がない。それほど入れ込んではいない名所旧跡の観光をするだけなら十分満足でき、とても効率的だった。イスラム革命が起きて期待していたけれど、エジプトの今の混乱には胸が痛みます。

2009.10.3 ナリタ
成田をたったのは10月3日の夕方。カイロには夜遅く着いた。エジプト航空だったので、機内でアルコールは出ない。どうするか?搭乗口前の売店で冷たいビール、ワインなどが売っている。ビールは早めに飲まねばいけないが、持ち込みOKという裏ワザには感謝した。実は、ワインの開栓はどうしようかと悩んでいたが、スクリューキャップのものが用意されていた。

2009.10.4 ギザ
朝、日が高くならないうちに、ピラミッド見物ということで、6時半起床、あわただしくバスに乗り込んだのが7時半。この日は日曜日、通勤でもないのに、カイロ市内には人があふれていた。ギザのピラミッドは、砂漠のはずれにあると思っていたのに、建物の影から突然の姿。
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一番有名なクフ王のピラミッド。一辺230m、高さ138m。近くからだと大きすぎ、石の段々にしか見えない。上空には、鷲か鷹か、そんな鳥が数羽舞っていた。
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3枚の合成写真。ピラミッドの内部にも入った。とても狭く、暑く、急だった。(TV番組で放送されるたび、この内部のことを思い出す)
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太陽の船。ピラミッド周辺。大型バスの駐車場があり、丘の下はカイロ(ギザ)の街。
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三大ピラミッドを一望できる絶景ポイント。2枚の合成。
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ピラミッドの向こう側。
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三大ピラミッド。てっぺんがきれいに残っているカフラー王、三大といっても小さなメンカウラー王、クフ王のそれぞれのピラミッド。クフ王のピラミッドのそばに太陽の船の建物がある。
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スフィンクス。鼻が欠けているのが残念だが、鼻がないからこそいいのかもしれない。
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この後、ギザから少し離れたところにあるピラミッドを見に行った。ダハシュールの「赤いピラミッド」と「屈折ピラミッド」。見渡す限りの砂礫の中にぽつんと立っていた。
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メンフィスという所にあるラムセス2世の巨像、サッカラにある「階段ピラミッド」と小さなピラミッド(名前忘れ)。
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ピラミッドを巡った後は、カイロに戻り、ギザのピラミッドの見えるレストランで夕食。この後、お世話になるサカラというビール。味は??
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(エジプト (2)に続きます)

by otto-N | 2013-01-30 11:46 | Comments(8)

遡ります! 2010.3.6-20 シャモニー・ツェルマット (12)   2013.1.27(記)

2010.3.20 ミラノ
この日、ツェルマットからバスでミラノに移動。市内を少し見物してから、日本へ帰国。

ツェルマット最後の朝、マッターホルンは雲に隠れほとんど見えなかった。これまでずうーっと晴れっぱなしだったのが嘘のよう。駅に向かう途中、ホテル・バンホフがあった。ちょっと有名。いままでどうして気がつかなかったのか不思議だった。
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駅で一緒に滑った人たちと合流し、登山電車で少し下のティーシュ駅まで行く。そこから、バス。ツェルマットはガソリン車禁止の街なので、車で来たツーリストは大駐車場のあるこの駅で電車に乗り換え、街に入るようだ。バスは山間の路をひた走り国境を超えたが、あいにくの天気でなにかつまらなかった。そして、ミラノに着いたが、小雨がぱらついていた。

大聖堂前で簡単なレクチャーを受け、いったん解散。
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ミラノには一度来たことがあり、そのとき大聖堂の中も見学していたので中は省略。集合時間まであまりないので、とにかく昼食をと、ガレリア内の店に入る。ワインはハーフボトルで我慢したけれど、ここで食べたリゾットの美味しかったこと。日本では絶対に食べらないリゾットだった。思わず2皿目を注文した。が、さすが食べ過ぎ。時間が来たので、グループの人たちとスフォルツェスコ城まで散策した。雨さえ降っていなければ気持ちがよかったのだけれど、白スーツのチャラ爺とすれ違い、ここはミラノということを実感。飛行場近くには送電鉄塔。
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最後に、この旅行で飲んだアルコール類。毎日飲んでいたけれど暗くて撮れなかった。まずシャモニー編。一番右はアオスタのワイン。
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ツェルマット編。スイスの国旗みたいなワインは、スーパーで思わず買ったが、全然問題がなく拍子抜け。ちゃんとしたワインだった。
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以上で、シャモニー・ツェルマットでのスキーの話は終わりですが、だらだらと12回も書いてしまって反省しています。撮った写真は3057枚、やっと整理することがができ、実は、ほっとしています。さて、次はどうしょうか、悩むところです。

by otto-N | 2013-01-27 15:51 | Comments(4)

遡ります! 2010.3.6-20 シャモニー・ツェルマット (11)   2013.1.24(記)

2010.3.19
ツエルマットでのスキー、最後の日もフリー。チェルビニアに行く手もあったけれど、やっぱり、シュトックホルンがいい。

前日の夕方は、薄い雲が拡がっていたので心配したけれど、朝からきれいに晴れ上がりすばらしい天気だった。
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ブラウヘルトまで上がり、対岸をの絶景を見渡す。
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もう1本上がり、谷底のガントを目指す。このコースは正面がマッターホルン。
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ガントから高い鉄塔のあるロープウェイでホーテリまで行き、直下のコブ斜面を1本。黄色いポールは岩の出ているところ。
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再びホーテリまで上り、ゴルナー氷河と凍りついた山々を写真に収めた。
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そして、ロテ・ナセへ。モンテローザが大迫力だった。すぐにシュトックホルンに向かわずに、直下の一枚バーンを滑る。広すぎて斜度を感じないが、下のほうは見えないほど急。まだ、コブができていなかったが、入り口にロープが張ってあったので、おそらく自己責任滑走斜面。氷河の上だ。ヒドンクレバスがあるかもしれないので、少し恐ろしい。何本か滑った後、前日さんざん滑ったシュトックホルンのTバー斜面に行く。
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ランチは、やっぱりフルハルプのテラス席。ビールがうまかった。とても暖かい。山々も最高!いつまでもここにいたかったが、この日が最後。またガントまで降りる。
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ロープウェイを待っていたら、チョウが日向ぼっこをしていた。日本のとちょっと模様が違うが、コヒオドシだった。ランチの最中、頭上をかすめて飛んでいくチョウらしきものを何回か見たが、どうやら正体はコヒオドシだったらしい。残念ながら、コンデジのテレ端・トリミング。
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ラスト・ランは、ホーテリ直下の1000m。そこからブラウヘルトへ上り、スネガを経てホテルに帰ってきた。
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レンタルのスキーを返す前に名残惜しく最後の撮影。この素晴らしいシュトックリの板を買いたかったが、13万円。諦めた。この日の最後のマッターホルン。三日月が出ていた。
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(シャモニー・ツェルマット (12)に続きます)


P.S.
1.雪質について
日本の雪に較べ乾いているのは当然としても、日の当たる斜面でも日中は溶けず固いアイスバーン。ビックリしたのは、ホテーリ直下の上部のコブの南斜面。コブかと思ったが、コブの形をしたサクサクの雪でスキーのトップが埋まる。コブがそのまま凍結乾燥状態になったようだった。さすがに、下の谷間の南斜面では、雪が弛んで固まったコブだったが。また、風の当たる北斜面はさすがにカリカリだった。ツェルマットは緩斜面が多いが、場所によっては雪が風に飛ばされるようで、人工降雪機(写真中、オレンジ色のカバー)が並んでいた。
2.スキー板について
シャモニーでは、山岳スキーヤーが多いと思われ、多くはセミファットの板だった。一方、ツェルマットではほとんどカービング板。コースはしっかりグルーミングされていて快適。シュトックホルンは、看板にもあったように降雪後そのままの状態のようだった。この斜面、性能の良すぎるカービング板では、私の技術ではちょっときつかった。で、「キャンバー・ロッカー」板ではどうなっただろうかというのが、興味あるところ。ヨーロッパのスキー場は、下が岩なので、意外なところでガツンとくる。雪が飛ばされて石が出ている所も多い。昔、新品の板を持っていってエッジが鋸になったことがある。そのこともありレンタルスキーにしたけれど、いい板があります。気にいらなければ、途中で換えてくれます。
3.Tバーについて
急斜面でのTバーは多い。積雪量が大きく変化するらしく、しかたがないところ。トレースから脱落しないように、注意が必要。脱落したら悲惨だし、あまり長いと腕が痺れ大変。そういうときは、降りたあと腕を思いっきりぐるぐる回すといいです。

(滑っている写真は、tsuma-Nばかりでotto-Nの滑っているところがないけれど、万が一のときの救助のために、私は後から滑ることを原則としています。その結果、斜面の上から撮った写真ばかりで、恐縮です。tsuma-Nはカービングで滑っていないけれど、斜面だけを撮った写真では気分が出ないので載せました)

by otto-N | 2013-01-24 14:32 | Comments(6)